8年目の3.11
あまり思い出したくない8年前です
丁度娘の誕生日でしたが あの震度6強で誕生日は脳裏から吹っ飛びました
今更ですが,震度6強は揺れが大きく長かった
帰宅後,何かに憑かれたように道路側に崩れ落ちた大谷石を
火事場の馬鹿力で敷地内に取り込んでいた記憶が・・・・・・
震災の画像は崩れた塀の画像しかない
家の中はメチャクチャ 足の踏み場もなく
魚の水槽は割れて1階が水浸し(魚の半数は熱帯魚だったために凍死)
電気水道は止まって
この日は満天の星空でキンキンに冷え込んでいた
家族の帰宅や連絡が取れたのは真夜中でした
こんな8年前を思い出すのは気分が悪い,ハッキリ言って無かったことにしたい
以後今日までの間に
家が震災で被害が大きく建て替え
新築した日に介護中の母親が亡くなった
今は,震災前からいる12歳のチャンナアジアティカ (40センチ弱の雷魚の仲間)
震災前からいる魚はレプトボーシャタエニオブス2匹の計3匹になってしまった。
震災を生き抜いても寿命で・・・・・8年の月日は長い
2015年の6月に猫が子連れで来て
その年の9月に猫算式に子が生まれて
今はヒト以外に猫4匹と魚10匹の所帯で普通に生活しています
やっと落ち着いた今の生活
災害天国の日本では,長く続けるのは厳しいのでしょうか
ヒトと動物たちの食糧の備蓄
経験上,最低限当初の食べ物・水さえあれば何とか生き延びられます
田舎ですから
私の被災体験以上に,福島や宮城,岩手の被災者の方々は
モットモット大変な思いをされていた いるはずです 過去も現在も
誰だってこんな経験は2度としたくはないです。当たり前です
無事8年目の3.11が迎えられたことに安堵して明日からを生きていきたいと思い
ます。
普通の生活がコンナに良いモノだと気づかされた3.11でもありました
もうすぐ,3.11あの日のあの時間が来ます
2011年 3月11日14時46分18秒