地天館消失か

今日見たら,地天館のど真ん中に幅広い砂利道が出現\(◎o◎)/!



何だ!これワーッ!ッと言うことで,上を下への大騒ぎ,心が痛い!

何と城戸克人氏に調べていただいたら

地天館のど真ん中にT字路が出来るんですと・・・唖然

ご近所さんの仲之房東もかするそうで,何と言ったらよいのか開いた口が塞がらない。衝撃の事実w(o)w Oh My God!!
向うの出口も塞がらねぇ~!.。ooO(~ペ/)/


出現した砂利道で地天館が真っ二つ\(◎o◎)/!

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このように,縦に菅谷・一毛線,それにぶつかるように下宿・仲之内線でT字路が主郭のど真ん中を直撃じゃぁ~! _(‥;¢…ホントカァ…

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遺構の中の土塁

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遺構の中の堀

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内郭の北側の土塁のなごりで,稲荷神社が祀られ?コレそうかなぁ?樹齢数百年のモミジの大木が生えてるらしい。枯れかかっていたような気もするが,かなり太いのは確か

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土塁も掘りも闇雲に夕方の薄暗い中歩き回ったので,場所が定かでない。しかし,ど真ん中を砂利道が既に通ってるのは紛れもない事実だ。

来週には,堀や土塁がどのようになっているのかしっかりと記録できるように調べてきたい。

もはや地天館もこれまでか(^_^;)

館主・飛田右角通高
館の東北から南を経て南西へと水田がカーブして広がっており,そこへ突き出した微高地上にある。館の東,南に広がる水田を「腰巻」といい,西の水田を「木の宮」という。
館の南東方向には平野氏の寄居館があり,北西方向には軍司氏の仲の房東館が,北方向には宮田氏の高内館がある。仲の内周辺は中世館の集中地域である。
那珂町史の研究第10号より