ぶんどう溜のこと 2 続き

ところで 「ぶんどう溜」の名前だが,「文洞溜」「分洞溜」がある。ドッチなのか?
これは資料がないので資料館に聞いた。地元の人に聞き取り調査しても分らなかったから。
N市 飯田では分洞溜  
    鴻巣では文洞溜
だそうだ。何でそうなんだろうね?
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国土地理院1948年の地図使用
 
 
 
ところで,この溜池は農業灌漑用に最近作られたものなのか?または古くからあるのか?と言う事が疑問に残る。資料がないので資料館に聞いたところ,水田開発のために「江戸初期」に作られたのではないかとの事。
 
 
水源は,熊の森からの湧水だそうだ。
ところで熊の森って何処なんだろうと言う疑問にぶつかる。
以前から熊の森は探していたが分らない。
 
 
が1948年の国土地理院の地図を見ると,何と分洞池から南はみんな森だ。
資料館の情報では,此処の森一体が熊の森なんだそうだ。今は畑や学校や民家になり跡形もない。
 
ただ少し不思議なのは水の流れが西から東なのと,南より北の方が高いが,湧水が北に遡ることはないだろうなぁ~
 
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現在の熊森 ↑ の様子だが,何故に熊森と呼ばれるのか?(青い点線で囲った付近か?)
 
それは,上記の地図で,大洞溜(地図左下)の北の 村社・筑波神社が,斉昭公の時に,熊野神社から筑波神社になったそうだ。いきさつは良く分からない。熊野神社があったから熊野森と呼ばれたそうだ。
 
 
 
 
この現地調査をしていて,4番目の溜池の葦が茂ってる所で,メジロの群れに会った。
久々に見る野生のメジロだが,緑が目に痛かった。動きが早くて2羽しかデジカメに写らなかった。
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インドア派に思われるかもしれないが,低温火傷さえなかったら,冬は毎週外歩きに徹している(笑)
コレも趣味の一つなので・・・・経費0ですv(*'-^*)ゞ・'゚☆ブイ
 
 
 
長いこと分洞溜について分らない事が多かったが,現地を歩いたり,聞き取り調査・資料館に聞いたりして疑問が少し無くなった♪
これからもまだまだ続きますよ~。
 
※ 雷魚はいないです。残念!!